自動運転革命の先に

2016年11月20日

“「そろそろ買い物に行こうか44885808 - man using map app on phone against new york street」。ある日の午後、リウマチが悪化し自力で歩くのが辛い70代の老人が、スマートウォッチに表示されている車のキーボタンを徐に押した。彼の家には車庫がないのだが、間もなくして目の前に1台の乗用車が停車する。家から徒歩で10分ほど離れた地下駐車場に駐車してある車が、オートパイロット(自動運転)で彼の家の前に停車したのだ。彼は玄関を出て、その車の後部座席に乗り込むと、「◯◯スーパーマーケットまで」と行き先を告げた。走行中、窓から見える景色がいつもと少し違うのは、今日のこの雨量だといつもの道が浸水の恐れがあるため、通常ルートを迂回する走行ルートが選択されたことが原因のようだ。15分後、無事に指定したスーパーマーケット入口に乗り付け、車から降りる。買い物にはおよそ30分かかりそうなので30分後にピックアップするように、降りる際に”車”に伝えておいたが、買い物途中で時間を確認すると、どうも30分以上余計にかかりそうだ。彼は腕に巻いたスマートウォッチのリューズをいじり、さらに30分後ろ倒しにピックアップ時間を設定した。買い物を終えて出口を見るとちょうど車が止まるところだった。近所で顔見知りの老夫婦が降車してきたのだが、どうも買い物をしている間に、その老夫婦からスーパーマーケットまでの送迎依頼があったようだ。出口付近でその老夫婦とすれ違いながら軽い会釈を交わし外に出ると、先ほどまで激しく降り注いでいた雨は、その跡をただアスファルトの地面にまだらに残すだけで、空一面に青色が広がっていた。”

近い将来にあり得る、とある老人の日常生活での自動車の利用場面を小説風に記載してみましたが、特に違和感なく想像できたのではないでしょうか。前置きが長くなってしまいましたが、本コラムでは自動運転をキーとして私達の日常がどれだけ便利になるか上記の世界観を題材に考察してみたいと思います。

《現在の自動運転テクノロジー》                                    自動運転テクノロジーという言葉が指すレベルの定義からみてみましょう。NHTSA(National Highway Traffic Safety Administration)が提示している5つに分解された自動運転テクノロジーのレベルを以下に記します。

 Level 0: The human driver is in complete control of all functions of the car.                  (所謂マニュアル運転を指す)                                Level 1: One function is automated.                                                                                                 (ハンドルやアクセルなど1つの自動操作が可能)                       Level 2: More than one function is automated at the same time (e.g., steering and acceleration)           but the driver must remain constantly attentive.                                                                               (1つ以上の自動操作が可能だが、ドライバーは常に注意を払う必要がある)           Level 3: The driving functions are sufficiently automated that the driver can safely engage in other                   activities.                                                                                                                                       (完全な自動運転が可能でドライバーは他安全に運転以外のことに気を払っても良い)       Level 4: The car can drive itself without a human driver.                                                                                 (ドライバーは不要で車だけで走行が可能)

冒頭のストーリーで登場する乗用車はこのレベルでいうとLevel4に該当します。では現在の自動運転車はどのレベルに位置するか判断できるでしょうか。正解はLevel2となり、自動運転を謳ってはいてもドライバーは決してよそ見をせずに、運転の主体であるドライバーがハンドルを握り慎重に自車の行く末を観察していなければなりません。実際に、トヨタ、GM、VolvoやAudi等、自動車メーカーが2016年に販売している車の全てはこのLevel2の範疇であり、Tesla等も例外ではありません。しかし、2016年5月に自動運転技術を搭載したTeslaの”モデルS”が自動運転車として初の死亡事故を起こしたことと関連し、多くの人は”自動運転”という言葉を聞いて思い描くのはLevel3以降のことかと思います。このギャップからも分かる通り、メーカーが発信・宣伝する情報がメディア(或いは世間)に過大に評価され、まるでハンドルを離しても問題ないかのような捉え方がされてしまいます。とはい言え、近年のセンシング技術やディープラーニングによる情報解析技術といった様々なテクノロジーの発展に伴い、自動運転も急速にLevel4に向けて開発が進んでいます。例えば、自動運転プラットフォームを展開するアメリカの半導体メーカーNVIDIAはその最新の製品において自動操縦を可能にする「視覚情報取得」の精度を、より人間の視覚レベルに近づけることに成功しています。自動運転で自律走行を実現するためには、人間のドライバーのようにあらゆる状況下において、主に”視覚”情報によってその複雑な世界を瞬時に読み取り安全に走行する必要があります。以下のデモ動画の通り、一般ドライバーが少し躊躇するような道のりも難なく自律走行ができているようなので、NVIDIAの製品を活用した商用車の発売が期待されるところであり、Level3としての自動運転車が世の中に浸透し始めるのもそう遠くないと思われます。

NVIDIAのdemo動画: https://www.youtube.com/watch?v=-96BEoXJMs0

 

《Uberを代表するシェアリングエコノミーの台頭》

Level4の自動運転車が市場に出回った場合、最も私たちの移動手段に影響を与えるサービスはUberやLyftを筆頭とするライドシェアリングサービスかもしれません。今年の9月からUberは、アメリカのピッツバーグで100台のLevel3相当の自動運転車を公道で走らせることになりました。驚くべきことに試験的なものではありながら、一般顧客もこの自動運転車を選択して呼ぶことができるそうで、もしこの試験が成功すれば全米の各都市で自動運転車でのサービス展開がスタートされるかもしれません(但し、まだドライバーは必ず運転席にいる必要があり、いつでもハンドルやペダル操作ができるように準備している必要があります)。

日本においては道路運送法上、自家用車での有償運送は禁止されているため、Uberの真髄であるUberX(一般のドライバーがUberに登録してUberドライバーになる)の提供ができないということ、そしてそれをクリアしてもタクシー業界の接客・送迎レベルがとても高く顧客満足度は総じて高いことでUberの普及にはまだまだ乗り越えるべき課題が多いというのが現状です。しかし、Level4のUberが誕生した場合、ドライ
バーレスのUber自動運転車はタクシー市場を席巻するのではないでしょうか。交通渋滞の原因にもなるタクシーの流しがなくなることや低運賃で安全な顧客の利便性が大きく向上する乗り物を禁止する法律自体を改正せざるを得ないでしょう。そして人の移動だけでなくフードデリバリー業務の需要も併せて向上しそうです。また、UberはUberEATS(フードデリバリー)も新たに始めており、人の移動だけでなく飲食店の配達業務においても革新を起こすかもしれません。すでに今までお昼にお弁当をオフィス街に運びたかった飲食店がこぞって利用し始めています。今は配送できるドライバーと空いている車(或いはバイク)の確保が必要ですが、自動運転であれば人的リソースは必要なくなるため、あとは自動運転車のリソースのみとなります。

Uber Autonomous car 動画: https://www.youtube.com/watch?v=NodzOaLJENo

 

 《高齢化社会における自動運転車のインフラ化予想》

Level4まで到達した自動運転車のインフラ化を考えた際に、あくまで想像の領域ではありますが、冒頭の架空ストーリーにつないでこの世界が実現している前提を記載したいと思います。

今のカーシェアリングサービスが今後は自動運転車化し、我が家の前まで自動でやってくる日も近いのでは?(日本のカーシェア)

登場する乗用車は個人が所有するものではなく、この地域一帯の住民が利用している共有車、所謂カーシェアリングで自治体が管理し、住民の平均年齢は60歳を越えています。20××年から国の政策により、町村単位の行政区画における住人の平均年齢が60歳を越えた場合、複数台のシェアリングを前提とした自動運転車の購入費と地下駐車スペースを設けるための土地開発費が国からの補助金として支払われることになります。おかげでこの老人に限らず、体の不自由な方も含めて利用したい時にいつでも共有車を家の前に呼び出し、その車で買い物や最寄りの駅まで行けることになります。尚、遠出をする時にのみ利用料(ガソリンではなく電気料金代+車の整備維持費)を払う必要がありますが、基本的な生活のための移動に利用する分(自宅からの半径10km圏内等)は無料です。体の具合が悪い生活者の日常の不便を解消するのみならず、これによって自動車事故数が大幅に削減されたことはもとより、利用の少ない公共交通機関の見直しによる車両等維持費の削減、そして通勤時の渋滞解消など副次的な効果も多々あります。そしてこのような高齢者向け自動運転車カーシェアリングだけでなく、先ほどのUber自動運転車なども現在のタクシーに変わって人々の移動に大きく寄与していることでしょう。

いかがでしたでしょうか。こんな将来があと何年後にやってくるか、私たちの日々の移動の利便性を一気に向上させるかもしれない自動運転を取り巻くテクノロジーの進化にこれからも要注目です。